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あれこれ

色々と見聞していると明らかに新しいカルチャーが始まった感。
何かはわからないけど言語化すると終わるのでまだ最中なのかな。

前回のシンエヴァから流れで。シャーシャーと考察を多くのかたが挙げてらっしゃるが恥ずかしくないんでしょうね。
youtubeの自称神々が鬱陶しさがMAX。サンドリで"怪談師様今のお話はどこのサイトでググってきたのか教えてください"ってめちゃシュールなコメントもくるよね。おもしろいけど。
考察と批評は自分は楽しいだろうけど、どっかの偉い人の考察に感動して自分の意見のように言うって。読んでるだけじゃんて。感動を伝えて欲しいのに、考察強者のご意見に感動してるってことでOK? 知り合いがお気に入りの映画を自分に見せながら横で説明してくる展開だよねそれって(ストーリーテラー)。テレビ見たくないからyoutube見てんのにテレビみたいなことするyoutuberってなんなの。それ見てる人はその人が好きってことだよね。だったら雑談でいいじゃん。数は減るだろうけどネズミ講的なのからは解放されるよね。おもしろいけど。
それと"おしゃれ泥棒"はいつからか正当化されたのかな。
近いよ。お隣さんのおうちが素敵だから同じにしましたみたいな。そうなんですようちもですみたいな。
ネタ元が近いよ。おもしろいけど。

前回のシンエヴァの個人的な感想は前も書いたけどもうテレビ版の完結で終わってたんだって。
終わってる悪い意味じゃなくてあそこが頂点だったんだなぁ。
当時は女性キャラが大きく前に出ていた作品はあまりなかったし、ガンダムのZとZZの時もなんか変な空気出てたし。
萌えキャラとかフェミニンな男性キャラとかの存在を支持することに対しての無言の社会的な圧力あったなって。
カミーユとジュドーのキャラを比較したらわかるけど制作も戻したんだよね。FF8と9も。圧に押されて
これは新作ですか。スピンオフですよね。
綾波レイとかアスカが本物のオタクの方々に愛されすぎて、エヴァの話するだけでロリコンの変態みたいな目で見られてて。見てることすら人選んで言ってたな。
今じゃ何の軋轢もないし、何ならテンプレみたいな扱いだしね。オタクの登竜門て何だよー。
缶コーヒーに綾波レイプリントされてて、あれこんな扱いのキャラだったっけ。あーこれもクローンなんだろねって。
あと作品にケチつける感覚って何なの。これはエヴァじゃないって監督ぽかんだよね。

それでずっと気になってた何が終わったんだろうって。一つは"ロボットと宇宙"という概念が終わったんだなって思った。そーあのエヴァのテレビ版の完結とともに。終わったというか完成したが近いです。一般化するってことでも。
もう一つはサイバーパンクが終わったんだなって。サイバーパンクもコスプレとかコミケも一般化したし、特別なものではなくなったね。これが一番気になっている。

今は何だろうとずっと見てる。いくつかのキーワードは、魔法世界、冒険、超常世界、マイクラ的おままごと、多妻性、頭脳戦、ポケモン的、時間がない、女の子、嘘。未来とは。
機械がなくなった。時空間とサイバーはリアルが追いついてきたし。

禁忌的なものが台頭してるけどエヴァの時もそうだったのかも。結局はロリータは女性も好きじゃん。そのロリータをポケモンみたいな目で見てんのかな。故の多妻性。お気に入りのポケモンが一ついなくなっても固執しないのね。スポーツの失墜からか身体能力に関してあまり魅力がなくなった。男の子の魅力とは?
それと何となく嘘の世界に生きている感がある。

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別世界

現在

だいぶ得たものが増えてきたので久しぶりに書いてみたくなる。ダサい内容ではあるよね。はは
シンエヴァを観てきた。その前の鬼滅も映画を観た。
誰もみてないとは思うが一応ネタバレしてますのでご理解のもとお願いします。

性格的に動けない場所が苦手なので映画館に行くことはないけど、この二つは映画館で観た。
鬼滅に関してはあまり何も感じなかった。でもそれでよし。
シンエヴァは凄かった。エンドロールで拍手をしたかった。誰もしてなかったのでする勇気はなかったが心から拍手をしたかった。
観終わって最初の気持ちは「あ、終わってたんだ。」だった。
帰り道で悶々としながら歩いたけど、エヴァをはじめAKIRAやジブリ、押井守作品、コムデギャルソンやヨウジ、マルジェラやらヴィヴィアンやら、ニルバーナやらキースヘリングやらあの時代を作った全ての今あるカルチャーは終わってたんだと思った。
確かにそうだしわかってた。おっかけなくなった後に大衆化し始め、終わっていく。オタクもどきが話し始めたら終わった証。模倣が始まる。本当は自分も模倣者だってわかってるからひっそりとしてけど、堂々とオタクですって(?)ってなるね。恥ずかしくないのか。終わったから大衆化するのかも。模倣者の声がうざい。

レイ、アスカ、マリ。
オタクもどきに神格化されたレイとアスカ。それを殺しにきたマリって感じだったんだ。レイとアスカは実はもう古くなっていて、延命してどんどん劣化していくしかない悲劇をマリが殺す。なるほど。制作側の愛を感じる。どんどん大衆化されておもちゃになるレイとアスカはクローンで、オリジナルはとっくにいなくなっている。コーヒーの缶とかに描かれているレイはクローン。なるほど。じゃないとレイのオリジナルは崩壊してしまうよね。
最後の方一気に回収が始まるところで「覚める」。覚される。VR空間にいてゴーグルを外されたような、一気に現実に引き戻される感覚。アスカもクローンだったこととアスカっぽい女の子の顔が全然アスカじゃないこと、老いたシンジの顔とゲンドウみたいなもみあげの生々しさ。すべてが自分の中で美化されてるよって。現実はこうだよって。所詮はアニメだよって。
確かにそうだよ。エヴァもアニメの中の一つでしかない。

凄かった。本当に一気に覚めた。エヴァンゲリオンに対する思い込みからの卒業ってか。
最後にお別れをきっちり告げるって凄いよ。
初めはすごく好きで付き合って、いつの間にかもうとっくに覚めた関係だけど惰性で続けていく。それが人間関係だし。
でもお別れしましょうって言える勇気。かっこいいじゃんか。一気に2021年だと感じた。

最後に制作に携わった皆様に心からの感謝と今までお疲れ様でした。

感情

ファッションとは。今と感情。今考えているファッションは服飾のことではなく、ファッション自体のことだ。

すっかりbabymetalにはまってしまい色々と掘っている。なぜ魅力的なのか。
アイドルとメタルの相性が良いのは聞く前からわかっていたがここまでとは思わなかった。同じファンタジーが根幹にありお互いに聴いている人の内にあるもので、きっと頭の中で思い描いている像が違うのではないか。そうそれぞの像ということ。人の内側にある空想。想像の世界もの。超低音と超高音が合わせることで生まれる真っ暗闇の中の神々しい光を感じる感覚。真っ暗闇と神々しい光はそれぞれ別のものだけど合わさることでの相乗効果は大きい。二律背反。オザケンのフクロウの声が聞こえるで歌った内容。
作品のセンスも巧妙で3をコンセプトに感じ楽しい。フロントは3人体制でリンクしたり分離したり入れ替わったり、アルバムの構成も正当な女性ボーカルロック、シュールでポップなアイドルロック、技巧的に作られたテクニカルメタルがバランスよく入っていて寒くない。いろんなものがトライアングルにくるくる回っている感じが良い。曲自体も展開が変化していくこと。物語性があったり、1番と2番が違ってたり。変調と転調がうまい。正当な曲もあるが全体的に少なく、どっかりしない。寒くない。沸き起こる感情のプラスとマイナスを相殺させる不思議な感覚。かっこいいじゃんと思っていたらダサさがカットインしたり、かわいいじゃんと思っていたら実はブラックだったりと裏返っていく感覚が楽しい。ブレイクの入れ方がかっこいい。
あと驚きは、各3パターンの曲がそれぞれ少ないのに名曲に仕上がっている。これはきっとかなり捨て曲があるのではと感じる。選りすぐられた曲からさらに作り込んだんじゃないかと思う。じゃないとおそらくこのクオリティでは作れないと思う。偶然できることはあるかもしれないが、にしても2つしかない2つのアルバムがそうなので無理だと思う。
歌とバンドとパフォーマンスの3セットのパワー連動が素敵なので動画で完成型ってところもいい。

アルバムを聴いて感じたのはこれが大きくて、現代音楽は寒かったんだと気づいた。だから昔の音楽を聴いているんだと。かっこいいを詰め込んだ、可愛いを詰め込んだ、愛情を詰め込んだお腹いっぱいの寒さやどっかにありそうな頭の働いていないちゃんと本気で作ってるのかと聞きたくなるような寒さ。悪くはないが寒い。おんなじことをしないで欲しい。音楽は死んだと言われる所以。音楽ってなにと聞きたくなる。でもわかっている。聞いてる側がそうさせていることを。アーティストの真剣の矛先がいつからずれた? ずらさせた? もうあるものを研ぎ澄ませて行くと寒いんだなって。いや研ぎ澄ませていくことが寒いんじゃなくて、もう顕微鏡でしか見えないよってところまで研ぎ澄んでるって行為に気付いてないことが寒い。

前回も書いたがフリッパーズに感じた寒さの破壊と新しい物の創造を感じる。それが世界的に評価されたことへの驚きと未来への期待。あ期待していいんだって。もうないと思っていた。みんな寒いと感じてんだな。

現在はbabymetal自体はかなり厳しい状況だと思う。トライアングルが崩れたしYuimetalの存在は思いのほか大きい。シュールでポップなアイドルロックはMoametalそのものだし続けていけるがボーカルとバンドの存在感に匹敵させるにはかなりの負担になるはず。ただでさえBPMの早いテンポでのパワープレイダンスも担当してるし、何より体力と肺活量への負担が年齢に出てくるのでは。フィギュアスケートみたいに体重の軽い子供だからできることに似ている。幸い小柄だが。がしかし残った二人のモチベーションに絶対的に変化があったはずだから。
と心配してしまうが結局思うがまま好きにして欲しい。解散してもいい。2018年みたいにハズしてもいい。ご愛嬌。ガラッと変わろうがそれが好きならば一番です。やっぱり好きにやることのテンションを維持して見せて欲しい。オザケンの凄さもそこで好き勝手曲やアルバムのテイストが変わることがよさ。見苦しい執着のない、新しい可能性、現在を見せてくれる。楽しい。

ファッションとは今思う感情なんだと思った。寒い自分が最悪。ダサいと比較にならないくらいの最悪具合。去年の自分を振り返ると寒い。でもそれって現在があるってこと。進んでんだって感じる。
リバーズエッジで吉川こずえの「世の中みんなキレイぶってステキぶって楽しぶってるけどざけんじゃえよって。ざけんじゃねーよ。いいかげんにしろって。あたしにも無いけどあんたらにも逃げ道ないぞ。ザマアミロって。」名言が頭に残る。現代音楽だけが寒くなった訳ではない。ファッション自体が寒い。だからダサいがトレンド。てかファッションも死んでいる。文化が死んでいる。と言うことは感情が死んでいる。今がなくなってしまいファッション性がなくなりただの物になってしまった。
babymetalの世界的な評価は大きな波紋となって死んでしまった音楽を含めファッションを巻き込んで新しい命の始まりとなって欲しい。と言うか過去の動画を見てるがもう死んでしまった文化を破壊する役目は果たしたし、残る今年のアメリカツアーで死んでいるアメリカを壊して新しい命の始まりのきっかけとなり世界征服をしめるだろう。本当に世界征服してしまうからびっくりです。

誰もがビビッてやらなかったことをやってしまった。やっぱり救世主は変な所から出てくるもんですね。

最後に基本的に相当気に入らない限りミュージシャンや曲名を覚えない自分がなんでこんなに音楽がわかるようになったのだろうと考えてみたら、職業柄仕事中もずっと聞いてたしクラブ関係者やファッション関係者方々からいろんなジャンルの音楽を教えてもらったこと、ハマりやすく飽きやすい性格とジャンルにこだわらず好きか嫌いかをモットーに置いていることの副産物だなって気づけました。
ちなみにハマったのはピュアファンク、ドラムンベース、ルイベガ、ファンキーDL、ディープハウス、テクノ、最終的にファブリックライブシリーズで終え、そこから昔聞いていた音楽の旅へ。今でも自分の中の最高傑作はフリッパーズの「ヘッド博士の世界塔」。
babymetalのお気に入りは「Tales of the Destinies」からの「The One」の組曲。もちろんライブ盤動画で。
最高。二つで一つ。

久しぶりにログインしてみた

久しぶりにログインしてみた。最後の記事が2016年の5月だったので3年経過していた。
熊本地震の時の記事だった。そう思うとまだ3年しかたってないことが不思議な感覚になる。

3年の間に色々なことがあり感慨深く思う。

それまでとそれ以降が全く違う過ごし方考え方をしている。地震前までは同じ時間をループしていたし、それが当たり前だったというか疑問すら持たなかった。それまでなんとかモガきながら過ごすことが正しいことだと信じていたし、それ以外にないというかそれが人生だとさえ思っていた。気を張ってい毎日を過ごしていたし、動いていることのみが正しいことだと。そうじゃないと間違っていると。

3年間で一番大きな出会いはラジオだった。気が滅入っていた時に仲よくしていただいている方から教えてもらったラジオをふと聴いてみたことだった。初めはバナナムーンだった。
当時は仕事のことしか考えてなく、全く周りが見えていなっかったと今わかる。視野が皆無。知人とのお酒の席でちょいちょいでる旬のお笑いのネタとかも全くわからないほど自分のことしか考えていなかった。というか必死だった。

バナナマンのことはアメトークで設楽さんが当時は関西芸人の中で横柄にかんじる態度を取っていることが印象的で、特に何も思い入れがない状態だった。youtubeで誰かが一部分を抜粋してあげていた動画を聴いた。正直びっくりした。
その内容は正確には覚えていないが、お笑い界の勢力分布図と格芸人の個々能力を把握しようとしていること。それを踏まえて自分たちの能力と立ち位置や目指すべき場所などをお二人で話されていた。びっくりした。
また日村さんの悩んでいること(矯正前)が我々と同じようなことを悩んでいること、それに対してどうしていくかなどお説教も踏まえて真面目に話し合うお二人の会話を聴けたことが始まりだった。
当時でも十分知名度がある芸能人でもこんな一般人と同じようなことで悩んでいることが衝撃的だった。
それからなんどもなんども聴いて理解しようと務めた。いろんな回も聴いたりしながら。
まさに救世主でした。今振り返ると当時はそういう風潮で結構多くの方が同じ悩みを抱えて生きているのではないかと思います。今も続いている?

自分とその周りにあるものや出来事をしっかりと見て考えて。今を取り入れていくことが以外に最重要なことかと考え直すようになった。ちゃんと吸収する。そもそも自分がやっていることが間違ってないといつから考えるようになってのだろう。

それから一人で過ごす時間を増やし、気になる事や興味を探して少し掘ってをやるようになった。
というか再開した。いろいろ掘りまくった。外に出ずに。ラジオはもちろんお堅いホリエモンやひろゆき、Daigo、中野信子などなど。経営のこと、金融のこと、AIのこと、資本主義と民主主義の破綻、アングロアメリカン文化の終焉、これからどうなるかおふざけもお堅いことも。そもそも働く前や入りたての頃はそれが習慣でどんどん周りで吸収したものを自分の解釈で掘り直すことで生きているようなものだったなと思い出して懐かしく思う。

ラジオは色々なのを聴いた。メガネびいきやサンドリ、カーボーイ。こういう風に普段すごい人たちが自分の本音をおもしろおかしく話てくれてそれを聞くことができること。人としてのレベルが高い。以外と昔の自分が間違っていなかったことがわかった。社会のいわゆる立派な大人になる群像に飲み込まれていたことがわかる。また自分が内向的な人間でそれが間違っていると感覚的な感じて外交的に振舞っていたことや、その後に込み上げてくる誰とも会いたくなくなる気持ちの意味が理解できた。いつからいい人にならなければ行けなくなったのだろう。普通にしてても今はいい人が多い。なんでいい人をしなければならなくなったのだろう。必要以上に外交的にならなくて良い。周りからは否定的な態度をされる。だが笑って断ろう。
あと爆笑の太田さんカーボーイでぜんじろうさんにいった「お前IT社長みたいだな」ドンズバでした。感慨深い一言。

その後やっぱり自分の原点であるフリッパーズの曲を聴き直していると、いやちゃんと聴いて見ると今楽曲の素晴らしさが理解できる。て言うかアルバムの完成度。フリッパーズのことを何もわかっておらず一番影響を受ける存在だった当時の自分が凄い。と言うかフリッパーズを押してくれた当時のファッション業界に感謝します。
メロディーの構成や歌詞はもちろん曲にかけるエフェクト、アルバムの構成力、バンド自体にかかったエフェクトなど唯一無二。ちょうどオザケンの「流動体について」がリリースされてまたびっくり。

「もしも間違いに気がずくことがなかったのなら」

今の自分が間違ってないか。それから昔のオザケンの曲を漁った。一番好きなアルバムは犬キャラで「天気読み」はめちゃくちゃ聴いていたし、その後のライフやカローラⅡごろまではなんとなく聴いていたのを思い出す。当時はやっぱフリッパーズ育ちだったので哲学的な犬キャラを超えれずだんだんと聞かなくなって行ったのを思いだす。哲学が好きなんだなと。カラオケで犬キャラの曲を歌いたいが盛り上がらないので、ライフの曲選んでたなぁ。
色々と掘っていると星野源さんの痛快ウキウキ通りの解説を見つけ聴いた。あ全然わかってなかった。
わかっていなかったというかそもそも聴いてないレベルでした。

便利な世の中でググるとたくさんの方のご意見などを見つけてはしっかりと聞き直してを繰り返して。あこの人本当に天才だったんだ。って。今も。本人は当時ほとんどの人が自分の作品の良さに気づいてないって気づいてなかったのでは。
気づいてると思って作品を作っていたはずならばそりゃ終盤あんな荒れた風貌になるかって思った。あの光前後の姿には外見的に見ても伝わるレベル。髪はボサボサだし覇気もなく。これ一般人でもあるある、内面の充実は外見に出ます。必ずわかります。一言で言えばレベルが高すぎ。でもそれ理解できる人は根本的にリアクション取らないからですね。周りに言っても伝わらないから。あと小沢健二を聞けば今がどんな時代かがわかる。

今の年になるまで自分がポップスからデジタル、バンド、オーケストラ、ブラックミュージック、クラブミュージックなど聴きあさり実際音楽イベント(夜、しかもありがたいことに外タレ3回)も4回してみてわかるレベル。まじ凄い。
何が凄いかと言うと聞くひとに伝わる心の振動でしょうか。ビビッとくるとかキュンキュンするとかに似た感覚かな。
経験が重なるとビビッとくるとかキュンキュンするとか先に読めちゃって。サプライズ事みたいな。なんとなくわかってるけどわかってないことにしても感動しない。そうじゃないでしょって。決して冷めているわけではない。
こんな感じでエフェクトのバリエーションはかなり精通してる自身があるし、ファション関係の仕事をしているのでニセモノがわかる。この前babymetalの話を後輩にしてて本物ってほとんどいない。残念だ。
自分の歴史の中でbabymetalはフリッパーズ以来の本物だ。タイプは全く違うけど、あれ以来の本物のカリスマを見れることが最近の喜びです。babymetalはアイドルではない。二人ダンスがどうなるかは結構大きなことですが、片翼もげててもメタルっぽいなと思い直し今後に期待します。

展示会19awで取り扱いブランドVOAAOVのディレクターさんとご飯に行ったのですが、この人も天才だと思いました。あまりブランドの方とご飯に行くことはないのですが、展示会中に音楽の話をして。
そうそう今絶賛展開中の2019ssのVOAAOVの商品名に -MOBB- とかが入ってますが、あれってわかりましたでしょうか? 基本的に固有名詞は覚えれないのですが、オールドスクール〜ミドルスクールのヒップホップアーティストの名前なんです。パッと見て気づいていいすねーなんて話から始まって。チョイスが渋めでメジャーラッパーじゃなく実力派の名前がつけてあるあたり。わかっている人しかわからない。現カルチャーでもそうですが。

話しているとバイヤーさんたちにこんなカルチャーの話ができる人がいないと。びっくりしたのを覚えてます。
ファッションってカルチャーからくるもので、服のことではないんです。どうやって選ぶんだろう。
カルチャーの中の一つと言うのが正しいかも。余計なことですが、どうやったらオシャレになれますかって質問をよく耳にします。オシャレって経験と情報と失敗の繰り返しの先にある自分らしさを見つけることかな。学問なんです。
まずは自分が好きなカルチャーの中でさらに好きなものさらに好きなものって。教えれません。ただそのカルチャーが本物であればいいですね。

そうそうでなんとなく話していて、ディレクターさんはヒップホップからサイケに飛んだみたいな。詳しくは話してないが普通に生活していたら聞かないアーティストの音。僕はフリッパーズとか幅広く聴いて最終的にFabric liveシリーズで頂点でしたみたいな。人間に支配されたくなくてデジタル歴もそこそこ長い。それから最近低音がやっぱり凄い意味をもつみたいな話をして。音を聞くデバイスのスピーカーに不満。低音弱かったら良さも何もわからんし。低音は鼓動。しかし基本的に音楽はイヤホンで聞くので、いろんなイヤホンを試しているがハイレゾとか高価なイヤホンの高音に強いが低音控えめな設定が微妙。でbeatsのダメで(Dr.ドレなのに?)不満足みたいな話をしながら。やっぱりクラブで受ける低音爆音の振動と暗さの中で聞くことの潜める感がよかったなと。表情がわかんないから自由空間。ニヤニヤできる。

服の話に戻ってビッグブランドのカルト性や日本の老舗仕立て関係の凄さ(頭がいってる、ご高齢なのに)など話しながら。あとパターンやデザインの今や今のブランド事情など書けない話が楽しくて。この人のつくる服の凄さがわかった。だからこのブランドに惹かれるわけだわ。恋雨でアキラがいってた自分が住んでいる豊かな街を指して「ここには何もない」ってセリフを思い出す。じゃある場所やある物やある人がいるってこと。
もうないと思っていた。あまり出会わないけどそれに出会えるっていい時代だなぁ。

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